双極性障害とADHDの違い・類似点、併存する場合を医学的に解説:似て非なる2つの疾患
精神科診療において、双極性障害(躁うつ病)とADHD(注意欠如・多動症)は診断上の混乱を招きやすい疾患です。
これらはまったく異なる原因や経過をたどる疾患ですが、一部の症状が似ているために混同されやすく、誤診や診断の遅れにつながることがあります。また、最近の研究では、この2つが同時に存在する(併存する)ケースも少なくないことがわかってきました。
双極性障害とADHDのそれぞれの特徴を紹介しながら、共通点や違い、併存した場合の対応について説明致します。
●双極性障害とは?
双極性障害は、気分が大きく上下に振れる精神疾患で、「躁(そう)」と呼ばれる気分の高揚状態と、「うつ」と呼ばれる落ち込みの状態が繰り返されることが特徴です。
主な症状
躁状態では以下のような症状が見られます:
・異常に気分が高揚していて、明るすぎる、あるいは攻撃的になる
・話が止まらず、考えが次々に浮かんで止まらない(観念奔逸)
・睡眠を取らなくても元気で活動的
・自信過剰、誇大なアイデアに没頭する
・衝動的な行動(浪費、性的逸脱、無謀な投資など)
一方、うつ状態では次のような症状が目立ちます:
・気分がひどく落ち込み、何をしても楽しくない
・疲労感や倦怠感が続き、やる気が出ない
・自分を責める、自信をなくす
・食欲や睡眠の異常(過剰または不足)
・自殺について考える、希死念慮が強まる
躁と鬱のエピソードは、数日から数週間、時には数か月にわたることがあります。本人の意思や環境に関係なく、脳の異常な活動によって引き起こされるため、治療なしでは生活への影響が大きくなります。
●ADHDとは?
ADHDは、主に注意力や衝動性に関する脳の発達的な違いにより、小児期から続く慢性的な状態です。子どもだけの病気と考えられがちですが、大人になっても症状が残る「成人ADHD」も多く、近年注目されています。
主な症状
ADHDの症状は大きく分けて次の3つに分類されます:
・不注意:集中力が続かず、気が散りやすい。物を忘れる、順序立てて行動するのが苦手、指示通りに動けないなどの特徴が見られます。
・多動性:じっとしているのが難しく、手足を動かしたり、席を立ったり、必要以上に話すなどの行動が目立ちます。大人では「そわそわする」「落ち着かない感覚」として現れることもあります。
・衝動性:思いついたことをすぐに口に出したり行動に移してしまう。順番を待てない、人の話に割り込むなど、状況判断がうまくいかず対人トラブルになることがあります。
これらの症状は、学業・仕事・家庭・対人関係など、あらゆる場面で困難を引き起こす可能性があります。
●ADHDと双極性障害の類似点:なぜ混同されるのか?
ADHDと双極性障害は、異なる疾患でありながら、以下のような類似した症状を持っているため、しばしば混同されます。
*衝動性:どちらの疾患でも、突発的な行動や配慮のない発言が見られます。ADHDでは生涯にわたって見られ、双極性障害では躁状態のときに特に目立ちます。
*多弁・多動:ADHDでは、常にしゃべり続ける、多動であるといった傾向が見られます。双極性障害の躁状態でも、多弁・活動過多が表れます。
*注意の散漫さ:ADHDでは慢性的に集中力が乏しく、日常的な困難の原因になります。双極性障害でも躁やうつのエピソード中には集中力が低下することがあります。
*睡眠の問題:ADHDでは夜型傾向や入眠困難が多く見られます。双極性障害では、躁状態ではほとんど眠らずに活動できるという異常なパターンが見られることがあります。
このように、いくつかの行動・認知パターンに共通点があるため、特に軽躁とADHDの区別が難しいことがあります。
●ADHDと双極性障害の違い:見逃してはいけない診断ポイント
似た症状があるとはいえ、ADHDと双極性障害は根本的に異なる病態です。違いを理解することで、誤診が避けられ、より適切な治療へとつなげることができます。
ここでは、特に重要な違いをいくつか挙げておきます。
*症状の持続性と波の有無:ADHDの症状は、子どもの頃から一貫して続く「持続性」があります。一方、双極性障害では、気分が良い・悪いなどの「波(エピソード性)」が明確に見られます。
*発症年齢:ADHDは幼少期に明らかになりますが、双極性障害は思春期から成人期にかけて発症することが多いです。
*原因の違い:ADHDは発達障害の一種であり、神経発達の問題と考えられています。一方、双極性障害は気分障害のカテゴリーに属し、神経伝達物質やホルモンバランス
の異常が関与します。
*睡眠との関係:ADHDでは不眠傾向が見られることはあっても、寝ないで平気という状態はあまりありません。双極性障害の躁状態では、睡眠時間が極端に短くても疲れを感じないという異常な活力が生じます。
*エピソードの特徴:双極性障害では、躁やうつが一定期間続き、典型的には数日~数週間でエピソードが終わることがあります。ADHDでは波が少なく、毎日の中で一貫して困難が続きます。
●併存する場合の特徴と治療の難しさ
ADHDと双極性障害が同時に存在する(併存)ケースも一定数あり、近年はその臨床的重要性が注目されています。
併存の傾向
・小児期にADHDと診断された人が、思春期以降に双極性障害を発症することがあります。
・成人ADHDの患者のうち、約10〜20%が双極性障害を併存しているという報告もあります。
・双極性障害の患者の中でも、20〜30%にADHD傾向があるとされます。
併存した場合の症状の特徴
併存の場合、症状の重症度が増し、治療が複雑になるため、早期の診断と適切な治療が重要です。
・衝動性や感情の起伏がさらに激しくなる
・他者とのトラブルや事故、自傷などのリスクが高くなる
・アルコールや薬物への依存傾向が強まる
・学校や職場での適応がより困難になる
●診断と治療における注意点
双極性障害とADHDが併存する場合、診断・治療は非常に慎重に進める必要があります
診断上の注意点
・症状の「時間的経過」を丁寧に聴くことが重要です。
・家族歴や発達歴の詳細な評価も欠かせません。
・ADHDと誤診して双極性障害に対する治療が遅れると、症状が悪化するリスクがあります。
治療の優先順位と方法
- まずは双極性障害の治療を優先
躁やうつのコントロールを行うために、気分安定薬や非定型抗精神病薬が用いられます。 - 気分が安定してからADHDへの介入を検討
ADHDの治療薬を慎重に使うことで、躁転のリスクを避けながら効果を得ることができます。 - 非薬物療法の併用
心理教育、認知行動療法、環境調整、生活リズムの安定など、薬以外の支援も欠かせません。
<まとめ>
双極性障害とADHDは、いくつかの症状が似ているために、混乱しやすい疾患ですが、それぞれに異なる病態と治療法があります。特に、併存するケースでは診断と治療が複雑になり、専門的な判断が必要です。
もしご自身やご家族に、注意力の問題、感情の波、衝動的な行動などの困りごとがある場合は、精神科医や臨床心理士などの専門家に相談することをおすすめします。早期に正確な診断と適切な治療が受けられれば、生活の質は大きく改善されます。
院長 佐久間一穂
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