うつ病は、心の病気のひとつで、主に「気分の落ち込み」「意欲の低下」「楽しみや喜びの喪失」などを中心とした症状が持続的に現れ、日常生活や社会活動に支障をきたす状態を指します。
うつ病は一時的な気分の落ち込みとは異なります。たとえば誰かに怒られたとき、失敗したとき、悲しい出来事があったときなどには誰しも一時的に気持ちが落ち込むものです。しかし通常は数日〜1週間ほどで回復します。
一方、うつ病は気分の低下が2週間以上続き、加えて次のような症状を伴うことが特徴です。
うつ病は単なる「気の持ちよう」ではありません。心の問題だけでなく、脳内の神経伝達物質のバランス異常や、自律神経の乱れ、内分泌系(ホルモン系)の異常など、身体的な要因が深く関与しています。
そのため、治療においては精神面のケアだけでなく、身体的な側面にも注目する必要があります。カウンセリングや心理療法だけでは不十分で、時には薬物療法や生活習慣の改善などを組み合わせながら総合的に取り組むことが重要です。
多くの人が誤解していますが、うつ病は必ず回復します。適切な診断と治療、そして周囲の理解と支援があれば、再び笑顔を取り戻し、日常生活を楽しめるようになります。
大切なのは、「自分を責めないこと」「一人で抱え込まないこと」「早めに専門家に相談すること」です。うつ病は治療可能な病気であり、回復に至るプロセスには希望があります。
うつ病かもしれない——そう感じていても、自分自身の状態を正確に把握するのは簡単なことではありません。そこで、うつ病の兆候を自己評価できる「簡易チェックリスト」をご紹介します。
以下の質問に対して、「はい」「いいえ」でお答えください。
過去2週間のご自身の状態を振り返りながらチェックしてみましょう。
質問 | はい | いいえ |
---|---|---|
①ほとんど毎日、気分が落ち込んでいる | ||
②今まで楽しめていたことに興味が湧かない | ||
③疲れやすく、常にだるさを感じている | ||
④食欲が落ちた、または過食してしまう | ||
⑤夜眠れない、または寝すぎてしまう | ||
⑥自分には価値がないと感じる | ||
⑦集中できない、物事を決められない | ||
⑧動作が鈍くなった、または落ち着きがない | ||
⑨死にたい、消えてしまいたいと思うことがある |
厚生労働省や、国立精神・神経医療研究センターの報告によれば、
日本では約15人に1人が生涯のうちに一度はうつ病を経験するとされています。
女性はホルモンバランスの変化(生理・妊娠・出産・更年期)や、
家族・育児にまつわるストレスなどが関与していると考えられています。
うつ病の発症にはさまざまな要因が関係しています。特定の「これが原因」と断定できることは少なく、
複数の要因が絡み合って発症するのが一般的です。
うつ病の発症には、脳内の神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど)の働きが関係しています。これらは感情のコントロールや意欲に深く関わっており、分泌や再取り込みの異常がうつ病の症状を引き起こします。
ストレスに関係する「コルチゾール」や、女性ホルモン(エストロゲン・プロゲステロン)などの変動も、うつ病の発症に影響を与えることが知られています。
うつ病は家族歴がある場合、発症リスクが2〜3倍になると言われています。
ただし、遺伝するのは「うつ病そのもの」ではなく、ストレスへの感受性や性格傾向です。
これらの性格傾向がある方は、ストレスをためこみやすく、うつ病を発症しやすい傾向にあります。
こうした人生の大きな変化は、心理的ストレスとなってうつ病の引き金になることがあります。
高齢者や一人暮らしの方に多く、孤独や支援不足がうつ病のリスクを高めます。
以下のような身体的な病気や薬剤も、うつ状態を引き起こすことがあります。
身体の病気と心の病気は密接に関連しており、どちらか一方を無視した治療では十分な回復が望めません。
うつ病には、精神的・身体的にさまざまな症状が現れます。
これらは患者さんによって異なり、重症度や年齢、性別、背景によっても多様です。
うつ病は心の病気であるにもかかわらず、多くの人が体の不調として感じます。
特に高齢者や男性では、「心の症状」が出にくく、身体症状だけが表に出るケースもあります。
精神科医は、アメリカ精神医学会が定める診断基準「DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル 第5版)」を基にうつ病を診断します。以下の9項目のうち5つ以上が2週間以上続く場合、うつ病の可能性が高いとされます。
※項目1または2のどちらかは必須。
「うつ病」と一口に言っても、その現れ方や原因、経過は多様です。近年の研究や臨床経験をもとに、うつ病はいくつかのタイプに分類されており、これにより治療方針や回復の見通しも変わってきます。ここでは主な分類と特徴について説明します。
最も代表的なうつ病で、日常生活に著しい支障をきたすレベルの抑うつ状態が続きます。
明確な誘因がなく、心身ともにエネルギーが奪われるのが特徴です。
軽度から中等度の抑うつ状態が2年以上続くものです。日常生活はなんとかこなせるものの、慢性的な無気力や低い自己評価が続き、「性格の一部」と思い込まれて見逃されることがあります。
抑うつ状態に加え、気分が高揚しすぎる「躁状態」が交互に現れる病気です。
躁状態:過活動、多弁、浪費、怒りっぽさ、眠らなくても平気
うつ病であるにもかかわらず、主な訴えが身体症状であるタイプです。とくに高齢者や男性に多く、「頭痛」「胃の不快感」「肩こり」「倦怠感」などの身体的不調を主に訴えるため、内科などでの治療が長期化しがちです。
出産後に起こるうつ病で、ホルモンバランスの急激な変化や、育児ストレス、睡眠不足、パートナーや家族の支援不足が背景にあります。
日照時間の減少が関与し、特に秋から冬にかけて症状が出やすいタイプです。日照の少ない北国に多く見られ、ビタミンDの欠乏や体内時計の乱れが関係していると考えられています。
うつ病の治療は、症状の重症度、患者さんの背景や価値観によってさまざまです。基本的には薬物療法・精神療法・生活療法の3つの柱をバランスよく組み合わせていきます。ここではそれぞれの治療法についてご紹介します。
うつ病の治療において最も中心的な役割を果たすのが抗うつ薬です。脳内の神経伝達物質(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなど)のバランスを整えることで、気分や意欲を改善します。
薬の種類 | 主な薬剤名 | 特徴 |
---|---|---|
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬) | パキシル、ルボックス、ジェイゾロフト など | 副作用が比較的少なく第一選択薬 |
S-RIM(セロトニン再取り込み/受容体モジュレーター) | トリンテリックス | 副作用が比較的少なく第一選択薬 |
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬) | サインバルタ、イフェクサーSR、トレドミンなど | 疲労感や身体痛に効果あり |
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬) | リフレックス、ミルタザピン など | 睡眠障害が強い場合に有効 |
三環系抗うつ薬 | トフラニール、トリプタノールなど | 効果が強いが副作用も多いため近年は減少 |
四環系抗うつ薬 | テトラミド、ルジオミール など | 高齢者に使われることも |
心の奥にある思考パターンや感情を見つめ直すことで、症状の軽減や再発防止を目指す治療法です。
最もエビデンスの高い療法で、ネガティブな思考パターンの修正を目指します。
人間関係のストレスや葛藤に焦点を当て、円滑な対人関係の築き方を学ぶことで症状を改善します。職場・家庭・育児・介護問題などが関与する場合に効果的です。
医師やカウンセラーが話を聞き、感情に寄り添うことで安心感や気づきを促す方法です。薬物療法と併用されることが多く、信頼関係の構築が大切です。
うつ病の治療は単に「症状を取り除く」だけでなく、回復のプロセスを理解し、再発を防ぐことが重要です。
回復には段階があり、焦らず段階ごとの目標を設定し、丁寧に向き合うことが求められます。
うつ病の回復は一般的に「急性期」「回復期」「維持期」の3段階に分けて捉えられています。
うつ病の回復は直線的ではなく、波を描くように少しずつ改善していくものです。
以下のような変化が見られたら、回復の兆しと考えられます。
再発時には以下のような「早期警告サイン」が現れることがあります
うつ病は再発率が高い病気です。1回のうつ病の再発率は約50%、2回経験すると再発率は70%、3回以上では90%とも言われています。
これは脳内のストレス応答系や神経ネットワークが「うつの回路」として定着しやすくなるためと考えられています。そのため、初発時の治療と予防が極めて大切です。
うつ病の回復には、医療的な支援だけでなく周囲の理解とサポートが欠かせません。
患者さん本人の苦しみは外から見えにくいため、家族や職場の人たちの正しい知識と対応が重要です。
うつ病は、単独で発症することもありますが、身体疾患や他の精神疾患と併発するケースも非常に多いのが特徴です。うつ病を正しく理解し、複合的な側面からケアを行うことが、より効果的な治療と予防につながります。
うつ病は、以下のような慢性的な身体疾患と併発しやすい傾向があります。
これらの疾患による「痛み・不自由さ・予後への不安」がストレスとなり、うつ状態を引き起こすことがあります。また、うつ状態が持続すると、生活習慣が乱れて身体疾患が悪化するという悪循環にもつながります。
うつ病には、まだまだ多くの誤解や偏見が残っています。以下では、よくある質問に対して、正確な知識と誤解の解消を目的にQ&A形式でまとめます。